「椅子から立ち上がる瞬間、いつもヒヤッとする」「ふらついて手すりを強く握ってしまう」
日々のリハビリ指導の中で、こうしたお悩みを本当によく伺います。立ち上がり動作は一日に何十回も繰り返す動きだからこそ、ここが安定すると生活の質がグッと向上するんです。
今回は、椅子の高さと足の位置をちょっと工夫するだけで効果が期待できる「起立・着座トレーニング」をご紹介します。実は、慢性期の脳卒中の方でもバランス改善効果が報告されている、医学的根拠のあるリハビリ方法なんですよ。
なぜ立ち上がり練習がバランス改善につながるのか
立ち上がり動作は、単に脚の力だけで行う運動ではありません。重心を前に移動させ、両足で床をしっかり捉え、骨盤を起こし、体幹を安定させる。これらすべてが協調して働く、実はとても複雑で高度な運動なんです。
慢性期の脳卒中患者さんを対象とした研究(Farqalit & Shahnawaz, 2013)では、足の位置を調整した起立・着座練習によって、静的バランス(じっと立っている時の安定性)と動的バランス(動いている時のバランス能力)の両方が有意に改善したという結果が報告されています。
つまり、正しい立ち上がり動作を身につけることは、転倒しにくい身体づくりに直結するということです。椅子から立ち上がる練習を通じて、歩行時のバランスや日常生活での安定性も向上していくのです。
安全に始めるための準備が何より大切
練習を始める前に、転倒を防ぐための環境づくりが重要です。
椅子選びのポイント
まず、絶対に動かない安定した椅子を用意してください。キャスター付きの椅子やソファは避けましょう。最初は膝よりも少し高めの椅子(下腿の長さの約110%)から始めると、立ち上がりやすく、正しいフォームを確認しながら練習できます。
足の位置の基本セッティング
足は肩幅程度に開き、左右をそろえて配置します。足の裏全体がしっかりと床につくようにしてください。両手は膝の上に軽く置いても構いません。慣れてきたら、胸の前で腕を組むなど、難易度を上げることもできます。
安全確認は念入りに
椅子がぐらつかないか、床が滑りやすくないかを必ず確認しましょう。特に、靴下でフローリングの上で行うのは危険です。不安がある場合は、すぐに掴まれる壁やテーブルを近くに配置しておくと安心です。ご家族に見守ってもらうのも良いでしょう。
3段階でレベルアップする実践プログラム
今回のリハビリは、椅子の高さを段階的に変えることで、安全に負荷を調整していきます。目標は「10回の立ち上がり×10セット(1分間休憩)」の合計100回ですが、最初から無理は禁物です。まずは正しいフォームを身につけることから始めましょう。
第1段階:やや高めの椅子(110%)でフォーム確認
座布団やクッションを使って、通常より少し座面を高くした状態からスタートします。
基本的な動作手順
椅子に浅めに腰掛けます。足の裏をしっかりと床につけ、両手は膝の上に置きます。お辞儀をするように上体をゆっくり前に倒しながら、重心を足の上に移動させていきます。そのまま自然に立ち上がり、立った状態で3秒間キープしてから、ゆっくりとコントロールしながら座ります。
この段階で意識したいポイント
高さがある分、立ち上がりやすいはずです。ここでは「麻痺側の足にも体重が乗っている感覚」をしっかり確かめてください。座る時は「ドスン」とならないよう、脚でブレーキをかけながらゆっくり戻ります。10回終えたら1分間休憩し、これを10セット繰り返します。
第2段階:標準的な高さ(100%)で実用性を高める
慣れてきたら、日常生活で最も使う高さ(膝と同じ高さ)で練習します。
動作のコツ
基本的な手順は第1段階と同じですが、立ち上がる時に骨盤を前に送り出すイメージを持つと、よりスムーズに動作できます。ただし、重心が前に流れすぎないよう注意してください。ここではスピードよりも動作の正確性を重視し、麻痺側の足にしっかりと体重が乗っているかを確認しながら、丁寧に繰り返しましょう。
第3段階:やや低めの椅子(90%)で負荷アップ
動作が安定してきたら、最終段階として椅子を少し低く(下腿の長さの約90%)します。この高さになると、膝と股関節をより深く曲げる必要があり、脚の筋力と体幹のバランス能力がより求められます。
チャレンジ段階での注意点
上体を前に倒しすぎず、背すじを保ちながら立ち上がることを意識してください。立ち上がった後は3秒間キープし、ゆっくりと座ります。この段階で疲れを感じたら、無理をせず100%の高さに戻しても構いません。大切なのは、継続できるペースを見つけることです。
さらに効果を高める足の位置の工夫
研究によると、足の位置を工夫することで、さらに効果的なトレーニングが可能になります。
非麻痺側の足を後ろに引く方法
別の研究(Han et al., 2015)では、非麻痺側の足を少し後ろに引いて配置することで、麻痺側への荷重が増え、立ち上がり動作後の安定性が高まることが示されています。
具体的な実践方法
慣れてきたら、非麻痺側(良く動く方)の足を5〜10cm程度後ろに引いて配置してみてください。この状態で立ち上がると、自然と麻痺側の足により体重がかかりやすくなります。ただし、バランスを崩しやすくなるため、最初は手すりなどを使いながら試してみてください。
左右対称の足の位置と、非麻痺側を後ろに引いた位置を交互に練習することで、より幅広い状況に対応できるバランス能力を養うことができます。
継続することで得られる具体的な効果
この起立・着座トレーニングを続けることで、以下のような変化が期待できます。
日常生活での安定性向上
椅子から立ち上がる時のふらつきが減り、手すりや壁への依存度が少なくなります。トイレや食事の際など、一日に何度も行う立ち座りの動作が楽になることで、生活全体の質が向上します。
歩行時のバランス改善
立ち上がり動作で養われた体幹の安定性や左右の足への荷重コントロールは、歩行時のバランスにも良い影響を与えます。一歩一歩がより安定し、転倒のリスクも軽減されます。
自信の回復
動作が安定することで、「また転ぶかもしれない」という不安が軽減され、積極的に活動しようという気持ちが戻ってきます。これは身体機能の改善以上に大切な変化です。
安全に継続するための注意点
効果的で安全な練習のために、いくつかの重要なポイントがあります。
無理をしないことが最優先
100回という回数にこだわりすぎず、自分の体調に合わせて調整してください。最初は30回や50回から始めても構いません。週に1回たくさん練習するよりも、毎日少しずつでも続ける方が効果的です。
痛みが出たら即座に中止
膝や腰に痛みを感じたら、すぐに練習を中止してください。痛みを我慢して続けることは、状態を悪化させる可能性があります。
継続のコツ
1日10分でも、テレビのCM中だけでも構いません。コツコツ続けることで、立ち上がりや歩行、姿勢の安定性は確実に変わってきます。カレンダーに記録をつけるなど、継続を見える化するのも効果的です。
専門的なサポートで更なる改善を
脳梗塞リハビリActive西小鷹野店では、お一人おひとりの症状や目標に合わせたオーダーメイドのリハビリプログラムを提供しています。
電気刺激療法や振動刺激、セラピストとのマンツーマンでの課題指向型トレーニング、トレッドミル歩行練習など、様々なアプローチを組み合わせて、あなたの「できるようになりたい」を全力でサポートします。
立ち上がりやバランス、歩行でお悩みの方、退院後のリハビリ継続でお困りの方は、ぜひ一度体験リハビリにいらしてください。専門のセラピストが、あなたの目標達成をお手伝いいたします。
まとめ:小さな工夫で大きな変化を
今回のポイントを整理すると:
- 椅子の高さを段階的に変えることで、安全に負荷を調整できる
- 足の位置を工夫することで、麻痺側への荷重感覚を養える
- 回数よりも正しいフォームと継続性が重要
- 1日10分でも、コツコツ続けることで確実な変化が期待できる
立ち上がり動作の改善は、歩行や日常生活動作の質向上につながる重要なリハビリです。無理をせず、安全第一で取り組んでいただければと思います。
この記事が少しでもお役に立ちましたら、他の記事もぜひご覧ください。皆様の生活の質向上に少しでも貢献できれば幸いです。
参考文献
Farqalit, R., & Shahnawaz, A. (2013). Effect of foot position during sit-to-stand training on balance and upright mobility in patients with chronic stroke. Hong Kong Physiotherapy Journal, 31(1), 16–22. https://doi.org/10.1016/j.hkptj.2013.01.003
Han, J.-T., Kim, Y.-M., & Kim, K. (2015). Effects of foot position of the nonparetic side during sit-to-stand training on postural balance in patients with stroke. Journal of Physical Therapy Science, 27(8), 2625–2627. https://doi.org/10.1589/jpts.27.2625
