「歩けているのに、前へ進む感じが弱い」「少し速く歩くと、非麻痺側ばかりが頑張っているように見える」。脳卒中後の歩行でこのような悩みがあるとき、足首の筋力だけを見て終わると、問題の中心を見落とすことがあります。ここで重要になるのが、麻痺側推進力です。
結論からいうと、麻痺側推進力は、立脚終期に麻痺側下肢を適切に後ろへ残せるか、足関節底屈筋群が出力できるか、その出力を歩行の中で使えるかの組み合わせで考えます。歩行速度が上がっていても、非麻痺側の強い蹴り出しや体幹の代償で速くなっていることがあります。速度だけを成功とせず、歩き方と安全性を一緒に確かめることが必要です。
この記事では、麻痺側推進力が何を意味するのか、歩行でどこを見るのか、原因をどう分けるのか、そして課題をどう設計するのかを、当事者・ご家族・若手療法士にも伝わる形で整理します。

結論!麻痺側推進力は「足首で蹴る力」だけではありません
推進力とは、歩行中に身体を前方へ進める方向の力です。脳卒中後には、麻痺側の立脚終期で前方へ進む力が小さくなることがあります。研究では、左右の推進力の合計に対して麻痺側がどの程度を担ったかを、麻痺側推進力として定量化します。臨床では床反力計がない場面も多いため、歩行観察、動画、歩行速度、歩幅、疲労、装具や環境を変えたときの反応を組み合わせます。
足関節底屈筋群の出力は重要ですが、それだけで推進力は決まりません。下肢が骨盤より十分に後ろへ位置できなければ、同じ足関節の働きでも前方への力につながりにくくなります。逆に、下肢位置が作れていても、足関節の出力やタイミングが弱ければ、歩行の終盤で身体を前へ送り出しにくくなります。
つま先が上がるかという遊脚期の問題と、身体を前へ進める立脚終期の問題は別です。つま先の引っかかりが目立つ人でも、推進力の問題が主因とは限りません。反対に、つまずきが目立たなくても、麻痺側立脚期に前へ進む力が小さいことはあります。
なぜ「歩いているのに進まない」と感じるのか
健常な歩行では、立脚終期に身体は支持している足より前方へ進み、下肢は骨盤より後方に残ります。その状態で足関節底屈筋群が働くことで、重心を次の一歩へ前方へ送ります。これを単に「蹴る」と表現すると、足先の動きだけに注意が向きます。しかし実際には、骨盤、股関節、膝、足関節、体幹の位置関係と時間的な協調が必要です。
脳卒中後には、皮質脊髄路の損傷に伴う選択的運動の低下、共同運動、感覚情報の利用の難しさ、筋出力の調節低下、痛み、可動域制限、恐怖心などが重なり得ます。見た目が似た歩き方でも、主な制限要因は人によって異なります。そのため「ふくらはぎを鍛えればよい」「歩幅を大きくすればよい」と一律に決めることはできません。
Roelkerらのレビューでは、麻痺側の下肢を後方に配置することと推進力の関係、さらに足関節底屈筋群の神経筋機能の重要性が整理されています。一方で、どちらか一つだけを見ればよいという結論ではありません。下肢位置と出力を同時に評価して初めて、次に変える条件を絞れます。
速くなったなら回復? 代償と回復を分けて考えます
歩行速度が上がること自体は生活範囲や屋外移動にとって重要な変化になり得ます。ただし、速度の上昇だけで麻痺側の機能が回復したとは判断できません。非麻痺側がより強く身体を前へ押し出す、体幹を大きく使う、麻痺側立脚時間を短くする、といった代償でも速度は上がり得ます。
Alinghらの系統的レビューでは、歩行速度の改善は多くの研究で報告された一方、推進力や足関節キネティクスの改善は常に同時に起きるわけではありませんでした。これは速度を軽視するための結果ではありません。何が変わって速度が上がったのかを確認し、本人の目標に合う歩き方かを判断するための結果です。
たとえば、非麻痺側の一歩が極端に短く、麻痺側の立脚終期で身体が前へ運ばれていない場合、非麻痺側で急いで次の支持を取りにいっている可能性があります。これは安全のための代償として必要な場合もあります。代償を一律に悪いとせず、転倒リスク、痛み、疲労、生活目標に対して許容できるかを見極めます。

評価ではここを分ける:原因を一つに決めつけない
麻痺側推進力が小さそうに見えるときは、次のような仮説を並べ、優先順位をつけます。Activeでは、観察だけで結論を急がず、条件を変えて反応を確かめます。
1. 支持性が足りず、立脚終期まで乗れない
麻痺側へ体重を移した瞬間に膝が不安定になる、骨盤が大きく崩れる、痛みや恐怖で早く非麻痺側へ移る場合、立脚終期まで下肢を使う条件が作りにくくなります。この場合、足関節の出力を求める前に、支持面、安全確保、介助量、装具の適合、杖の使用条件を検討します。
2. 下肢を後ろへ残す配置が作れない
股関節伸展が小さい、骨盤が後方へ引ける、下腿が前へ進みにくい、早期に踵が上がるなどでは、立脚終期に下肢が後方へ残りにくくなります。可動域制限だけでなく、痛み、足関節の過度な底屈位、股関節周囲の運動制御、体幹の位置も関係します。見た目の踵上がりだけで、底屈筋群が強いとも弱いとも決められません。
3. 出力はあっても、歩行の中で使えていない
座位やベッド上では足関節を動かせるのに、歩行の立脚終期では使えないことがあります。これは、単純な筋力だけでは説明しきれません。速度、注意の向け方、段差、疲労、二重課題、装具、歩行器の条件でタイミングが変わるかを確認します。筋力検査でできることと、歩行中にその能力を使えることは別の課題です。
4. 非麻痺側の代償が強く、見えにくくなっている
麻痺側の推進が小さいと、非麻痺側で大きく蹴り出し、麻痺側へ素早く乗り移ろうとすることがあります。Balasubramanianらは、慢性期片麻痺者において推進力と歩幅の非対称性の関連を報告しています。ただし、歩幅の左右差は一つの手掛かりであり、個人の身長、速度、装具、環境で見え方が変わります。
臨床で使うならこう考える:8ステップで仮説を検証します
麻痺側推進力の問題を「筋力不足」と一言で片づけず、次の流れで考えると、介入の目的が明確になります。
- 問題点を見つけます。 立脚終期の下肢位置、歩行速度、非麻痺側の一歩、疲労、痛み、ふらつきを記録します。
- 原因を推測します。 支持性、下肢配置、足関節底屈筋群の出力、タイミング、感覚、痛み、環境を仮説にします。
- 優先順位をつけます。 転倒に直結する問題、痛みを増やす問題、歩行を止めている問題を先に扱います。
- 条件を一時的に変えて再現します。 介助、手すり、速度、装具、荷重の範囲などを変え、歩行がどう変わるかを見ます。
- 必要な能力を分析します。 立脚支持、下肢の後方位置、選択的な足関節運動、体幹制御、注意配分を分けます。
- 課題を設定します。 歩行の中で、本人が安全に必要な要素を使える難易度を選びます。
- 適切な難易度で反復します。 代償だけを増やさず、目的の動きが使える量を調整します。
- アウトカムを再評価します。 速度、歩き方、痛み、疲労、転倒リスク、生活での歩行を同じ条件で見直します。

リハビリで設計すること:練習名ではなく、条件を先に決めます
推進力を高める目的で、トレッドミル歩行、速度を変えた歩行、上り坂条件、足関節への機能的電気刺激、課題指向型歩行練習などが検討されています。しかし、手段の名前が先に来ると、適応条件が曖昧になります。まず、その人が麻痺側へ安全に乗れるのか、下肢を後ろへ残せるのか、足関節の出力を歩行中に使えるのかを確認します。
Awadらの予備研究では、脳卒中後の歩行障害がある13人を対象に、速いトレッドミル歩行と足関節FESを組み合わせた12週間のプログラムの実行可能性が報告されました。ただし単群の予備研究であり、対象者は選ばれています。この結果から、すべての人に同じ装置や速度が適切とは言えません。支持性や心肺状態、痛み、認知面、装具、屋内外の生活目標を含めて設計します。
例えば、支持性が問題なら、転倒を防げる介助・手すり・ハーネスの条件で、麻痺側立脚期を短く切り上げずに経験できる課題を検討します。下肢の後方位置が問題なら、骨盤、股関節、下腿の位置関係を確認し、痛みを増やさない範囲で歩行課題の中に必要な配置を作ります。出力があるのにタイミングが合わない場合は、歩行速度、視覚的な目標、注意の向け方などを調整し、歩行中に使う練習として組み立てます。
自宅や生活で気をつけること:強く蹴ろうとしない
自宅で「後ろへ強く蹴ろう」と意識しすぎると、膝が不安定な人では反張膝や痛み、ふらつきを強めることがあります。つま先立ちを繰り返すだけでも、歩行の立脚終期に必要な条件がそろうとは限りません。
練習中に膝折れ、急なふらつき、痛みの増加、息切れ、いつもと異なる疲労がある場合は中止し、主治医や担当療法士へ相談してください。屋外での歩行量を増やすことを目標にする場合も、距離だけではなく、休憩回数、歩行補助具、路面、時間帯、同伴者の有無を記録すると、次の評価に役立ちます。
変化を見るアウトカム:速さ、安全、歩き方をセットで確認します
推進力そのものを正確に測るには、床反力計などの機器が役立ちます。機器がない場面でも、同じ靴、同じ補助具、同じ歩行路、同じ見守り条件をそろえ、次の項目を繰り返し確認できます。
- 10m歩行テストなどでの歩行速度
- 麻痺側立脚終期での下肢と骨盤の位置
- 非麻痺側の一歩の長さと、左右の歩幅の変化
- 6分間歩行テストなどでの歩行距離、疲労、休憩
- 痛み、ふらつき、つまずき、介助量、転倒リスク
- 本人が実際に行きたい場所まで歩けたかという生活上の変化
速さが変わった理由を、歩き方と安全性まで含めて説明できることが重要です。麻痺側の仕事が増えたのか、非麻痺側の代償が増えたのか、両方が混ざっているのかを、動画や観察記録で確認します。

論文からどこまで言えるか
麻痺側推進力は、歩行速度や歩幅だけでは見えにくい、麻痺側下肢の貢献を捉える指標として研究されています。レビューや観察研究は、下肢の後方位置、足関節底屈筋群の働き、歩幅の非対称性との関連を示しています。一方、推進力を標的にした介入の研究は、対象、病期、評価法、練習量がさまざまで、高品質の比較試験は限られます。
したがって、研究から直接言えるのは、麻痺側推進力を評価対象に加える意義があること、歩行速度と推進力の変化を分けて扱う必要があることです。どの練習が誰に最も適切かは、個別の評価と再評価で決める必要があります。
Activeではこう見立てます
Activeでは、「歩く速度を上げる」ことだけを目標にしません。麻痺側立脚期で何が起きているかを観察し、支持性、下肢の後方位置、足関節の出力、タイミング、感覚、痛み、環境の仮説を立てます。そして、介助や速度、装具などの条件を一時的に変え、歩行が変わるかを確かめます。
この仮説検証を通して、本人に必要な能力と課題の難易度を決めます。代償を減らすこと自体を目的にするのではなく、生活で安全に移動するために、どの代償を活かし、どの機能を引き出すべきかを分けます。
最後にもう一度、要点を整理します
麻痺側推進力は、歩行中に麻痺側下肢が前へ進む仕事をどれだけ担えているかという視点です。足関節だけではなく、立脚終期の下肢位置、支持性、出力、タイミング、非麻痺側の代償を合わせて評価します。
歩行速度が変わったときは、速さだけで終わらせず、麻痺側が何を担えるようになったか、安全性や疲労はどうかを再評価してください。原因を分け、条件を整え、歩行という実際の課題の中で必要な能力を反復し、アウトカムで確認することが、次の一歩の設計につながります。
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参考文献
- Roelker SA, Bowden MG, Kautz SA, Neptune RR. Paretic propulsion as a measure of walking performance and functional motor recovery post-stroke: A review. Gait Posture. 2019;68:6-14. PMID: 30408710. DOI: 10.1016/j.gaitpost.2018.10.027
- Alingh JF, Groen BE, Van Asseldonk EHF, Geurts ACH, Weerdesteyn V. Effectiveness of rehabilitation interventions to improve paretic propulsion in individuals with stroke: A systematic review. Clin Biomech. 2020;71:176-188. PMID: 31770660. DOI: 10.1016/j.clinbiomech.2019.10.021
- Awad LN, Bae J, O’Donnell K, et al. These legs were made for propulsion: advancing the diagnosis and treatment of post-stroke propulsion deficits. J Neuroeng Rehabil. 2020;17:147. PMID: 33087137. DOI: 10.1186/s12984-020-00747-6
- Balasubramanian CK, Bowden MG, Neptune RR, Kautz SA. Relationship between step length asymmetry and walking performance in subjects with chronic hemiparesis. Arch Phys Med Rehabil. 2007;88:43-50. PMID: 17207674. DOI: 10.1016/j.apmr.2006.10.030
- Awad LN, Reisman DS, Kesar TM, Binder-Macleod SA. Targeting paretic propulsion to improve poststroke walking function: a preliminary study. Arch Phys Med Rehabil. 2014;95:840-848. PMID: 24378803. DOI: 10.1016/j.apmr.2013.12.012




