脳卒中後に麻痺側の足が外側に弧を描くように出てしまう歩き方を、「ぶん回し歩行(circumduction gait)」と呼びます。当事者の方からは「足が思うように前に出ない」「外側に円を描くように歩いてしまう」「歩くたびに腰が上がる気がする」という声をよく聞きます。
この記事では、ぶん回し歩行がなぜ生じるのかを運動学・神経学の両面から整理します。「なんとなくそうなってしまう」から「なぜそうなるのか」に視点が移ると、リハビリの方向性も変わります。当事者の方にも、若手の理学療法士・作業療法士にも届くよう、できるだけ正確に、かつ平易に書きます。
ぶん回し歩行とは何か
ぶん回し歩行(circumduction gait)とは、歩行の遊脚期(足を前に振り出す局面)において、麻痺側の下肢が直線的に前進せず、外側に弧を描くように動く歩容の異常です。
1996年にOlneyとRichardsが発表した脳卒中後片麻痺歩行のレビュー(Gait & Posture, 4(2):136-148)は、この歩容異常を構成する要素を体系的に記述した古典的文献のひとつです。脳卒中後の歩行では、歩行速度の低下、支持時間の延長、遊脚期における関節可動域の減少が複合的に生じることが示されています。
ぶん回し歩行は単一の異常ではありません。以下の複数の動作が同時に起きることで、足が外側に回る軌跡を描きます。
- 麻痺側の膝が遊脚期に十分に曲がらない(膝屈曲不足)
- 足関節が十分に背屈できず、つま先が下を向いたままになる(下垂足・足関節背屈不足)
- 骨盤を麻痺側に引き上げる(骨盤挙上)
- 股関節を外側に開くように動かす(股関節外転・外旋)
これらが組み合わさった結果、足先が地面をこすらないようにするための「迂回ルート」として、外回りの軌跡が生まれます。
2025年に発表された縦断研究(Shibuya et al., Sensors, 25(23):7309)では、急性期脳卒中患者において、大腿骨の外転(femoral abduction)と骨盤挙上(pelvic hike)は時間経過とともに減少し、大腿骨外転の回復は麻痺側足関節の運動回復と、骨盤挙上の回復は麻痺側膝の運動回復とそれぞれ対応することが示されています。つまり、ぶん回しの「どの成分が残っているか」は、どの機能が回復していないかを反映している可能性があります。
何が起きているか — 運動学的に見たぶん回し
歩行の遊脚期に足を安全に前に振り出すには、地面とつま先の間に十分なすき間(クリアランス)を確保することが必要です。
このクリアランスをつくるための主な仕組みは二つです。
- 膝関節が約60度屈曲し、足先が地面から離れる
- 足関節が背屈し(つま先が上に向き)、足先が地面をこすらない
脳卒中後の片麻痺では、この両方が障害されることが多く、クリアランスを確保できなくなります。そこで、身体が別のルートでこの問題を解決しようとします。それが骨盤挙上と股関節外転・外旋を組み合わせた「外回りの軌跡」です。
Kim と Eng(2004年、Gait & Posture, 20:140–146)は、慢性期脳卒中患者20名を対象とした3次元動作解析で、歩行速度と運動学的パラメータの関係を検討しました。歩行速度が速いグループでも、必ずしも健常者に近いパターンを示すわけではないことが報告されており、代償的な戦略が速度を維持しながらも残存することが示唆されています。
なぜ起きるのか — 神経学的背景
皮質脊髄路(CST)の損傷と伸展共同運動
脳卒中による一次運動野や皮質脊髄路(corticospinal tract: CST)の損傷は、下肢の選択的な筋活動を困難にします。
片麻痺の下肢では「伸展共同運動(extensor synergy)」と呼ばれる筋活動パターンが優位になりやすいことが知られています。これは、股関節の伸展・内転・内旋、膝関節の伸展、足関節の底屈・内反が連動して起きる状態です。
この伸展共同運動が優位な状態では、遊脚期に膝を独立して曲げることが難しくなります。膝屈曲は下肢の屈曲共同運動の一部ですが、立脚期から遊脚期への切り替えでスムーズに膝だけを選択的に屈曲させることが、CSTの損傷によって制限されます。
大腿直筋の過活動と「スティッフニー歩行」
遊脚期の膝屈曲不足を「スティッフニー歩行(stiff-knee gait)」と呼びます。この状態では、大腿四頭筋の一部である大腿直筋(rectus femoris)が遊脚期に過活動を示すことが多く報告されています(PMC10053067)。
大腿直筋は股関節屈曲筋かつ膝関節伸展筋です。本来、この筋の活動は立脚期終盤から遊脚期初期にかけて低下するはずですが、上位運動ニューロン症候群ではこのタイミングがずれ、遊脚期にも活動が続きます。結果として膝の屈曲が抑制され、足先が地面に近づき、クリアランス不足が生じます。
なお、遊脚期に大腿直筋の活動が残存していても、それが「痙縮による過活動」なのか「代償的な補助活動」なのかの区別は容易ではなく、慎重な評価が求められます(PMC12513780)。
前脛骨筋の活動低下と下垂足
前脛骨筋(tibialis anterior)は遊脚期に足関節を背屈させ、つま先を上に持ち上げる役割を担います。この筋の活動が低下すると、つま先が下垂したまま(下垂足・foot drop)になり、クリアランスがさらに失われます。
下垂足では、足先が地面をこするリスクを避けるために、膝を余計に曲げる、あるいは股関節をより大きく外側に動かすという代償が生じます。前脛骨筋の随意収縮が得られるかどうかは、ぶん回し歩行の評価において重要な確認項目のひとつです。
網様体脊髄路(RST)の影響
CSTが損傷されると、それを補う形で網様体脊髄路(reticulospinal tract: RST)の関与が高まると考えられています。RSTは選択的な筋制御よりも全体的な運動パターンを扱いやすく、伸展共同運動の強化に寄与する可能性が示唆されています。このことが、独立した膝屈曲の困難さと関係していると考えられています。
ぶん回しは「代償」か「回復」か
ぶん回し歩行は「代償」です。「回復」ではありません。
この区別は非常に重要です。
「代償(compensation)」とは、失われた機能を別の動作で補うことです。ぶん回し歩行は、膝屈曲とつま先の背屈が不十分なために、骨盤挙上や股関節外転でクリアランスを確保する代償的な戦略です。転倒は防げますし、移動はできます。しかしこれは、麻痺側の下肢機能が「回復した」ことを意味しません。
「回復(recovery)」とは、失われた神経・筋機能が再び使えるようになることです。具体的には、遊脚期に膝関節が選択的に屈曲でき、前脛骨筋が適切なタイミングで活動し、足先がクリアランスを確保できる状態です。
ぶん回し歩行を「上手に歩けている」と判断してそのまま練習し続けると、問題が生じる可能性があります。
- 代償パターンが定着することで、本来の神経回路を使う機会が減る
- 骨盤挙上の繰り返しによって腰部や非麻痺側への負担が蓄積する
- 非麻痺側への重心依存が強まり、バランス能力の再獲得が遅れる
ぶん回し歩行は「歩ける」状態を維持するうえで機能しているが、それは回復を目標とするリハビリの出発点に過ぎない、という視点が重要です。
評価のポイント
ぶん回し歩行の原因を特定するためには、以下の観察・評価が有効です。
遊脚期の膝屈曲角度
正常歩行では、遊脚期中期に膝関節は約60度屈曲します。脳卒中後の片麻痺では、この角度が著しく減少することがあります。動作観察では、横または後方からの視点で、遊脚期に膝が十分に曲がっているかを確認します。三次元動作解析が使えれば、定量的な記録が可能です。
前脛骨筋の随意収縮と足関節背屈ROM
座位または背臥位で、前脛骨筋の随意収縮が得られるかを確認します。「足首を上に向けてください」という指示に対して、どの程度の動きと筋収縮が見られるかが重要です。また、足関節背屈の他動可動域(ROM)を測定し、制限がある場合はその原因(痙縮・拘縮・筋短縮)を区別します。痙縮は筋緊張の速度依存性の増大であり、拘縮は関節・軟部組織の構造的変化です。両者は治療アプローチが異なるため、混同しないことが重要です。
骨盤挙上の有無と程度
後方からの歩行観察で、遊脚期に骨盤の麻痺側が持ち上がるかを確認します。骨盤挙上の程度は、膝屈曲不足の代償の大きさを反映します。骨盤挙上が大きければ大きいほど、膝と足首のクリアランス確保機能が低いと考えられます。
Brunnstromステージとの対応
Brunnstrom Recovery Stage(BRS)の下肢ステージは、共同運動からの分離度を評価します。ステージIII(共同運動が最大)〜IV(分離が始まる)では、選択的な膝屈曲が困難なため、ぶん回し歩行が顕著になりやすいと考えられます。ただしBRSは歩行機能と必ずしも直線的には対応しないため、実際の歩行観察と組み合わせて解釈します。
リハビリで考えること
ぶん回し歩行に対してリハビリで何を考えるかは、「なぜぶん回しが起きているか」の原因分析によって変わります。膝屈曲不足が主因か、前脛骨筋の活動低下が主因か、骨盤コントロールの問題が主因かによって、アプローチの優先順位は異なります。
遊脚期の膝屈曲を促す課題
遊脚期の膝屈曲の選択的制御を再獲得するための課題設定が中心になります。立脚期から遊脚期への切り替えタイミングで膝屈曲が生じるよう、課題難易度を適切に設定した反復練習が有効と考えられています。トレッドミル歩行は歩行サイクルの繰り返しを増やす環境として活用できる場合があります。
前脛骨筋の活性化
足関節背屈の選択的活動を促す課題(かかとを着けたままつま先を上げる、段差を踏み越える等)は、前脛骨筋の活性化に向けた練習として位置づけられます。機能的電気刺激(FES)は、遊脚期の前脛骨筋を外部から補助することで、下垂足によるクリアランス不足を軽減する手段として研究が蓄積されています。
骨盤の側方制御
骨盤挙上が代償として定着している場合、体幹・骨盤周囲のコントロールを課題として取り上げることが考えられます。ただし、骨盤挙上を「悪い動き」として単純に抑制するだけでは不十分です。膝屈曲や背屈の機能が得られないまま骨盤挙上を止めると、つまずきや転倒のリスクが高まります。代償を減らすためには、その代わりに何の機能を獲得するかを同時に設計する必要があります。
評価なしに介入を決めない
「ぶん回し歩行があるから○○をする」という型の当てはめではなく、なぜぶん回しが起きているかを個別に評価し、最も改善余地のある原因に対して介入を絞ることが重要です。膝屈曲不足と前脛骨筋活動低下では、課題の優先順位も使用するデバイスも変わります。
よくある誤解
「ぶん回しができているから歩けている」は回復ではない
歩行の自立度という観点では正しいですが、ぶん回しは代償であり、回復した機能ではありません。「歩ける」と「麻痺側の下肢機能が回復している」は別の事象です。この混同は、リハビリの目標設定を曖昧にする原因になります。
骨盤挙上は「意識すれば直る」わけではない
骨盤挙上は膝屈曲・背屈機能の代わりに生じています。意識して骨盤を下げようとしても、クリアランスが失われるだけです。骨盤挙上を減らすためには、それに先行して膝屈曲と背屈の機能を獲得することが前提になります。
「ぶん回しは放置してよい」わけでもない
代償として機能しているとはいえ、骨盤挙上の繰り返しによる体幹・腰部への負担、非麻痺側依存の強化、転倒リスクの増加など、長期的な観点でのリスクが存在します。「今は歩けているから問題ない」では済まない可能性があります。
まとめ
ぶん回し歩行は、遊脚期の膝屈曲不足・前脛骨筋の活動低下・骨盤挙上・股関節外転が複合して生じる代償的な歩容異常です。その背景には、皮質脊髄路の損傷による選択的筋制御の困難と、大腿直筋の過活動および前脛骨筋の活動低下という神経筋メカニズムがあります。
この歩き方は転倒を防ぐための代償であり、回復ではありません。回復に向けては、膝屈曲の選択的制御と足関節背屈機能の再獲得が中核的な課題となります。評価なしに型を当てはめるのではなく、なぜぶん回しが起きているかを個別に分析し、原因に対して介入を設計することが重要です。
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参考文献
Olney, S. J., & Richards, C. (1996). Hemiparetic gait following stroke. Part I: Characteristics. Gait & Posture, 4(2), 136–148. https://doi.org/10.1016/0966-6362(96)01063-6
Kim, C. M., & Eng, J. J. (2004). Magnitude and pattern of 3D kinematic and kinetic gait profiles in persons with stroke: Relationship to walking speed. Gait & Posture, 20(2), 140–146. https://doi.org/10.1016/j.gaitpost.2003.07.002
Shibuya, R., Sekiguchi, Y., Honda, K., Miyagi, M., Owaki, D., Hayashibe, M., & Ebihara, S. (2025). A longitudinal study of physical function factors related to lower limb circumduction during gait in acute stroke patients with hemiparesis. Sensors, 25(23), 7309. https://doi.org/10.3390/s25237309
Stiff Knee Gait Disorders as Neuromechanical Consequences of Spastic Hemiplegia in Chronic Stroke. PubMed Central. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10053067/
Stiff Knee Gait After Stroke: The Potential Compensatory Role of Mid-Swing Rectus Femoris Activity. PubMed Central. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC12513780/
Preswing knee flexion assistance is coupled with hip abduction in people with stiff-knee gait after stroke. PubMed. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20576947/
