リハビリの中で、外乱が加えられた環境下でバランスをとる練習をする場面を見かけます。

実際にバランス能力が低下している方は非常に多いため、バランスに着目したバランス練習は非常に有効だと考えられます。

しかし、中には理由がわからず行われているものも少なくありません。今回は外乱を加えたバランス練習が脳卒中後に有効なのか?というテーマで解説していきます。

はじめに

脳卒中は、日本における主要な障害原因の一つであり、特に運動機能の障害が患者の生活の質を大きく低下させます。脳卒中後の患者は、バランス能力の低下により、転倒のリスクが高まり、これがさらなる障害の原因となることがよくあります。研究によれば、脳卒中患者の転倒率は一般成人よりも高く、50%以上が少なくとも一度は転倒を経験しています(Forster & Young, 1995)。転倒を恐れることで、患者は身体活動を避け、社会的孤立や体力のさらなる低下を招きます(Jørgensen et al., 2002)。

外乱バランス練習(Perturbation-Based Training, PBT)は、これらの問題を解決するための重要なリハビリテーション技術です。PBTは、患者が外乱、つまり予期しない体の揺れや姿勢の乱れに対処する能力を高めることを目的としており、実際の日常生活で起こるような転倒のリスクに備えるためのトレーニングです。これは、固定支持反応(足元での小さな揺れに対する体幹や足の動き)と、支持変化反応(足を一歩踏み出すなどの大きな揺れに対する反応)の両方を改善するための方法です(Horak et al., 2006)。

脳卒中後のバランス障害の改善において、外乱バランス練習が有効であることは、複数の研究で証明されています。例えば、Alayatら(2022)のメタアナリシスによれば、PBTを行った患者はバランス機能(Berg Balance Scale, BBS)において有意な改善を示しました(SMD 0.60, 95% CI 0.15–1.06)。これは、外乱トレーニングによってリアクティブバランス反応が向上し、転倒のリスクが低減することを示唆しています。

特に、PBTは他のバランストレーニングと異なり、リアルな日常生活での転倒シナリオに即したトレーニングを提供することが可能です。例えば、急な押しや引きなどの予期しない体勢の崩れに対して、患者が迅速かつ効果的に反応できるようになることが目的です。このような練習は、患者のバランス能力だけでなく、転倒に対する自信(balance confidence)も向上させるとされています(Mansfield et al., 2015)。ただし、Alayatらの研究では、バランス自信の向上効果は限定的であり(SMD 0.11, 95% CI -0.24–0.45)、今後の研究が必要であることが指摘されています。


外乱バランス練習の基本メカニズム

脳卒中後の患者にとって、バランスの維持は非常に困難であり、これが転倒のリスクを増加させます。バランスの維持には、固定支持反応(Fixed Support Reactions)と支持変化反応(Change-in-Support Reactions)の2種類のバランス反応が関与しています。

1. 固定支持反応:
この反応は、足元の小さな揺れや姿勢の変化に対応するため、主に足首や腰を使って体の揺れを修正するメカニズムです。軽微な揺れや予測可能な姿勢変化に対して効果的ですが、大きな外乱に対しては不十分な場合があります(Horak et al., 2006)。

2. 支持変化反応:
これは、より大きな姿勢の崩れや揺れに対処するための反応です。具体的には、体勢が大きく崩れた場合に素早く足を一歩前に出す「踏み出し反応」や、手すりや壁に手をついてバランスを取る「掴む動作」が含まれます。このような支持変化反応は、日常生活での転倒を防ぐために重要な役割を果たします(Maki & McIlroy, 1997)。

外乱バランス練習の目的:
外乱バランス練習は、これらのバランス反応を強化し、患者が予期しない体勢の崩れに対して迅速かつ効果的に反応できるようにすることを目的としています。例えば、患者が突然押されたり、体が揺れたときに適切な反応ができるよう、繰り返しの練習によって反応速度と精度を向上させます。

研究では、外乱バランス練習が、特に「リアクティブバランスコントロール」の改善に効果的であることが示されています。これは、脳卒中患者が転倒リスクの高い状況下で、バランスを迅速に回復できる能力を向上させるためです(Alayat et al., 2022)。また、この練習により、意図的な動作の速度とコントロールも向上し、転倒頻度が減少することが報告されています(Marigold et al., 2005)。


外乱バランス練習の科学的根拠

外乱バランス練習(Perturbation-Based Training, PBT)が脳卒中患者のバランス機能にどのように影響するかについては、多くの研究が行われています。ここでは、PBTの有効性を示すいくつかの重要な研究結果について解説します。

1. バランス機能の改善:
Alayatら(2022)のメタアナリシスでは、PBTを実施した脳卒中患者が、Berg Balance Scale(BBS)で有意な改善を示しました。この研究では、PBTがバランス機能に与える効果の標準化平均差(SMD)が0.60(95%信頼区間 0.15–1.06)と報告されており、PBTがバランス改善に中程度の効果を持つことが確認されています。特に、PBTは他のバランストレーニングと比較しても、リアクティブバランス反応の改善に優れていることが示されています(Alayat et al., 2022)。

2. 転倒予防の効果:
Marigoldら(2005)は、PBTが脳卒中患者の転倒リスクを減少させる効果を確認しました。この研究では、患者に対して立位や歩行中に外乱を加え、その後の反応をトレーニングするプログラムを導入しました。その結果、トレーニング後に転倒頻度が減少し、リアクティブバランスの向上が見られました。具体的には、踏み出し反応や掴む動作の速度が向上し、転倒を防ぐ効果が確認されました。

3. バランス自信の向上の限界:
一方で、PBTによるバランス自信の向上には限界があるとされています。Alayatらの研究では、PBTがバランス機能の改善には有効であるものの、バランスに対する自信(balance confidence)に与える影響は有意ではありませんでした(SMD 0.11, 95%信頼区間 -0.24–0.45)。この結果は、患者の心理的な側面に対してPBTだけでは十分でない可能性を示唆しています。今後、認知行動療法(CBT)などの心理的介入と併用することで、より効果的な結果が得られる可能性が指摘されています(Mansfield et al., 2015)。


外乱バランス練習の実践方法

外乱バランス練習は、脳卒中患者に対して予測できない外乱を加えることで、バランス反応を強化するトレーニング方法です。ここでは、実際にどのように外乱バランス練習を行うのか、セラピストによる手動での実践方法と機器を用いた方法に分けて説明します。

1. セラピストによる手動外乱トレーニング

手動で行う外乱バランス練習は、セラピストが患者に直接軽い押しや引きを与え、予期しない体勢の変化に対して患者がどのように反応するかをトレーニングします。これは、バランスを保つためのリアクティブ反応を強化し、日常生活で起こりうる突発的な外乱に対する耐性を高めるために有効です。

  • 方法:
    患者が立位または座位にいる状態で、セラピストが前方、後方、または側方から軽く押す、あるいは引くなどの外乱を与えます。患者はこれに対して、足元を踏み出すか、体幹を使ってバランスを保つことを意識します。練習では、患者の反応速度や正確性が重要であり、段階的に難易度を上げることで効果が向上します。
  • 注意点:
    患者のバランス能力に応じて外乱の強度や方向を調整することが重要です。また、転倒リスクを避けるため、セラピストは常に安全を確保し、患者を支える位置にいる必要があります。

2. 機器を用いた外乱トレーニング

一部のリハビリ施設では、専用のバランストレーニング機器を用いた外乱トレーニングが導入されています。例えば、動くプラットフォームやトレッドミルなどを使用して、予期せぬ揺れや傾きを与えることで、リアクティブバランス反応を強化します。

  • 方法:
    動くプラットフォームに患者が乗り、ランダムな揺れや傾きを与えられます。患者は、揺れに対して足元を踏み出したり、体幹を使ってバランスを保つことで、リアクティブ反応を繰り返し練習します。また、トレッドミル上で外乱を与える方法も有効です。トレッドミルの速度や方向を変化させ、予測不可能な状況下での歩行バランスを向上させることが目的です。
  • 注意点:
    機器を使用する際も、患者の安全を確保するために転倒リスクを最小限に抑えることが大切です。また、機器を用いることで、より正確なデータ(例えば反応速度やバランス維持時間)を収集し、患者の進歩を客観的に評価することが可能です。

外乱バランス練習のプログラム構成

外乱バランス練習を効果的に行うためには、患者の状態やバランス能力に応じたプログラム構成が重要です。ここでは、具体的なセッション内容、頻度、回数、そして脳卒中患者のリハビリステージに応じたプログラムの調整方法について説明します。

1. セッションの内容と設定

外乱バランス練習のプログラムは、患者のバランス反応を段階的に向上させることを目的として構成されます。基本的なセッションの設定は以下の通りです。

  • セッションの時間:
    1回のセッションは30分から60分を目安とし、短時間の外乱トレーニングを複数セット行うことが推奨されます(Marigold et al., 2005)。各セットの間には短い休憩(1〜2分)を挟み、疲労を避けつつ効果的にトレーニングを行います。
  • 外乱の頻度と強度:
    外乱の強度や頻度は、患者の能力に応じて調整します。初期段階では軽度の押しや揺れから始め、患者の反応が向上するにつれて外乱の強度を増していきます。また、外乱の方向も前後、左右、斜めなど多様に変化させ、予測不可能な状況を再現します(Mansfield et al., 2015)。
  • 回数と頻度:
    週に2〜3回のセッションを行うことが推奨されており、プログラム全体で10〜12週間にわたって継続することで効果が高まります(Alayat et al., 2022)。この頻度と回数が、バランス能力の向上を最大化し、持続的な効果をもたらすことが示されています。

2. ステージ別のプログラム調整

脳卒中患者のリハビリには、急性期、回復期、慢性期の3つのステージがあり、それぞれで適したプログラムが異なります。

  • 急性期(発症から数週間以内):
    この時期は、主にベッドサイドでの軽度のトレーニングが中心となります。外乱の強度を低く設定し、立位や座位でのバランスを取り戻すことに焦点を当てます。リスクが高いため、セラピストの近接監視が必要です。
  • 回復期(発症から数ヶ月):
    この時期は、バランス機能の回復が進むため、より積極的な外乱トレーニングを導入できます。立位での外乱や歩行中のトレーニングが効果的であり、ステッピングや重心移動の練習を加えていきます(Handelzalts et al., 2020)。
  • 慢性期(発症から6ヶ月以降):
    この時期には、患者のバランス能力を強化し、日常生活での転倒リスクを減少させることが目的となります。急な動作や反応のトレーニングを含め、外乱の強度や頻度を増やし、実生活に近い状況を想定したシナリオでトレーニングを行います。

臨床における応用と注意点

外乱バランス練習は、脳卒中後の患者に対するリハビリの現場で非常に有効なツールですが、効果的に実施するためにはいくつかの注意点やリスク管理が必要です。ここでは、臨床での具体的な応用方法と、実施時に考慮すべきポイントについて説明します。

1. トレーニングの限界

外乱バランス練習はバランス機能を改善する優れた手法ですが、すべての患者に同じ効果が得られるわけではありません。患者の状態やリハビリステージによっては、外乱トレーニングが過度なストレスや不安を引き起こす可能性があります。特に、急性期の患者やバランス機能が著しく低下している患者には、トレーニングの強度を慎重に調整する必要があります。

また、外乱バランス練習はバランス自信(balance confidence)の向上に対して限定的な効果しかないことが報告されています(Alayat et al., 2022)。そのため、バランス自信の向上を目指す場合には、心理的サポートや認知行動療法(CBT)などの補完的なアプローチが推奨されます(Mansfield et al., 2015)。

2. リスク管理と安全性の確保

外乱バランス練習は、転倒リスクを減少させることを目的としていますが、トレーニング中に転倒するリスクも存在します。特に、外乱が予測できない性質であるため、常に患者の安全性を最優先に考える必要があります。

  • 安全対策:
    トレーニング中は、セラピストが患者の近くでサポートし、必要に応じてすぐに支えられる位置にいることが重要です。また、トレーニングエリアは滑りにくく、安全な床材を使用することが推奨されます。機器を使用する場合は、転倒防止用のハーネスや支持具を活用し、患者が外乱に対して安全に反応できる環境を整えることが求められます。
  • 個別化されたプログラム:
    患者ごとに異なるバランス能力や転倒リスクを考慮し、個別化されたプログラムを作成することが重要です。特に高齢者や慢性期の患者では、反応速度が低下しているため、外乱の強度を段階的に増加させる必要があります。また、患者が疲労している場合や体調不良のときには、トレーニングを無理に行わないことが推奨されます。

3. プログラムの評価とフィードバック

外乱バランス練習を継続的に行う場合、定期的な評価とフィードバックが重要です。Berg Balance Scale(BBS)やMini-Balance Evaluation Systems Test(Mini-BEST)などの標準的なバランス評価スケールを使用して、患者の進捗を客観的に評価します。これにより、トレーニングの効果を確認し、必要に応じてプログラムを調整することができます。

また、患者に対しては、トレーニング中のフィードバックを積極的に行い、バランス反応の改善点や成功体験を強調することでモチベーションを維持し、トレーニングの継続を促すことが大切です。


まとめ:明日からの実践に向けて

外乱バランス練習(PBT)は、脳卒中患者のバランス機能を改善し、転倒リスクを低減するための効果的なリハビリ手法です。特に、予測不可能な外乱に対するリアクティブバランス反応を強化することで、日常生活での転倒防止につながります。

研究によって示されているように、PBTは患者のバランス能力に中程度の効果をもたらし(Alayat et al., 2022)、特に急性期や回復期の患者には顕著な効果が期待されます。また、セラピストが明日からでも実践できるよう、手動での外乱トレーニングや機器を用いたトレーニングの導入方法についても具体的に説明しました。

しかし、全ての患者に適用する際には、リスク管理や個別化されたプログラムが重要です。患者のバランス能力や心理的側面を考慮しながら、安全かつ効果的なトレーニングを行うことが求められます。また、バランス自信の向上を目指す場合には、認知行動療法などの補助的なアプローチを併用することが望ましいでしょう。

明日から、臨床現場でこの外乱バランス練習を取り入れることで、脳卒中患者のバランス機能と生活の質の向上をサポートすることができます。是非、個々の患者に合わせた外乱バランス練習を活用し、転倒リスクの低減に役立ててください。