こんにちは!
脳卒中患者さんを担当していて、「運動機能は改善しているのに、なぜかADLが向上しない」「バランスが不安定で転倒リスクが高い」といった経験はありませんか?
そこで今回は、臨床で意外と見落とされがちな「感覚障害」について、神経科学・神経生理学の視点から詳しく解説していきます。
実は、これらの問題の背景には感覚障害が隠れていることが多いんです。
最新の研究では、脳卒中後の約50%の患者さんに何らかの感覚障害が生じることが明らかになっています (Semrau & Hoh, 2025)。運動機能の回復ばかりに注目しがちですが、感覚機能への理解と評価は、患者さんの真の機能改善には欠かせません。
皆さんが明日からの臨床で活用できる、感覚障害の基礎知識から実践的なアプローチまでを包括的にお伝えします。

1. 感覚システムの神経科学的基礎
感覚(ソマトセンセーション)とは?
まず基本から確認しましょう。感覚(Somatosensation)は主に以下の要素から構成されています:
- 触覚(Touch): 皮膚受容器からの情報
- 固有受容(Proprioception): 筋紡錘や腱受容器からの筋長・関節角度情報
- 痛覚・温度感覚: 侵害受容器・温度受容器からの情報
神経伝達経路の理解

感覚情報が脳に到達するまでの経路を理解することは、障害部位の推測や評価計画の立案に重要です。
典型的な経路(後索-内側毛帯系):
- 1次ニューロン: 末梢受容器 → 脊髄後根神経節
- 脊髄レベル: 後索(gracile/cuneate fasciculus)を上行
- 延髄レベル: 後索核(gracile nucleus/cuneate nucleus)でシナプス
- 交叉: 内側毛帯として対側へ
- 視床レベル: 腹後外側核(VPL)でシナプス
- 大脳皮質: 一次体性感覚野(S1)へ到達
この経路の理解により、「なぜ大脳皮質の損傷で感覚障害が生じるのか」「なぜ対側に症状が現れるのか」といった基本的な病態生理が説明できます (Scott, 2016; Ghez et al., 1990)。
感覚-運動統合の重要性
大脳皮質では、体性感覚情報が運動系と密接に連携し、以下の機能に寄与しています:
- 動作計画: 環境や身体状況に応じた運動プログラムの選択
- オンライン制御: 動作中のリアルタイム調整
- フィードバック学習: 誤差情報に基づく運動学習
脳卒中でこれらの統合機能が障害されると、運動制御の質や適応能力に深刻な影響を及ぼします (Shadmehr et al., 2010)。
2. 感覚障害の疫学と臨床的影響

発生頻度:思っているより高い現実
多くの臨床家が予想するよりも、感覚障害の発生頻度は高く報告されています:
- 触覚障害: 30~62%
- 固有受容障害: 25~80%
- 痛覚関連障害: 1~12%
この数値の幅の大きさは、評価方法の標準化不足や、軽度の障害が見落とされやすいことを示唆しています (Tyson et al., 2008; Connell et al., 2008)。
日常生活への具体的影響
感覚障害は以下のような具体的な問題を引き起こします:
🔸 力の微調整困難
- 把持圧力のコントロール不全
- 例:コップを強く握りすぎる、物を落としやすい
🔸 協調運動の乱れ
- 歩行時の感覚フィードバック不足
- バランス保持時の姿勢調整困難
🔸 ADL遂行への影響
- 食事:食具の操作、食べ物の認識困難
- 着替え:ボタンやファスナーの操作
- 整容:適切な力加減での洗顔、歯磨き
これらの影響により、感覚障害はQOLや自立度に直接的に関与することが明らかになっています (Carey, 2017; Rand, 2018)。
3. 中枢性感覚障害の神経生理学的メカニズム

末梢 vs 中枢:何が違うのか?
末梢性障害では1次ニューロン自体が損傷されますが、中枢性障害では末梢の感覚受容器は intact であっても、上位での情報処理・統合が阻害されます。
中枢障害下で起こる変化
1. 情報処理の効率低下
- 感覚信号の欠落や歪み
- 予測-フィードバック統合プロセスの乱れ
- 運動計画時の内部モデル更新の不正確性
2. 神経可塑性の変化
- 損傷領域周辺での皮質再編成
- 対側半球からの代償機構
- 皮質下ネットワークの変化
ただし、これらのメカニズムは完全には解明されておらず、個体差も大きいのが現状です (Ward et al., 2006; Meyer et al., 2016)。
3. 適応学習への影響 感覚情報処理の効率低下が持続すると、運動制御に必要な誤差検出や適応学習が阻害される可能性があります (Vidoni & Boyd, 2009)。
4. 感覚-運動相互作用:独立した回復パターン

一般的な誤解を解く
多くの臨床家が「運動機能が改善すれば感覚機能も改善する」と考えがちですが、実際はそう単純ではありません。
回復パターンのミスマッチ
最新の研究では、約30~42%の症例で感覚機能と運動機能の回復パターンがミスマッチすることが報告されています (Semrau et al., 2015; Zandvliet et al., 2020)。
具体的なパターン例:
- 運動機能は改善したが感覚機能は改善しない
- 感覚機能は改善したが運動機能の改善が停滞
- 両者とも改善するが改善速度が異なる
臨床への示唆
このミスマッチを理解せずに運動面だけに注力すると:
- 感覚フィードバック不足による動作学習の阻害
- 転倒リスクの見落とし
- ADL向上の頭打ち
といった問題が生じる可能性があります。
重要なポイント: 感覚と運動の回復状況を個別に把握し、統合的に評価・分析することが不可欠です (Ingemanson et al., 2019)。
5. 実践的な感覚機能評価アプローチ

現状の課題認識
残念ながら、臨床現場では感覚評価が省略されがちです。ある調査では:
- 軽触覚テスト:55%の頻度で実施
- 固有受容テスト:25%の頻度
- ミラーポジションテスト:0%の実施
この現状は、感覚評価の重要性が十分理解されていないことを示しています (Hoh et al., 2024)。
標準化評価ツール
主要な評価ツール:
- RASP (Rivermead Assessment of Somatosensory Performance)
- NSA (Nottingham Sensory Assessment)
ただし、これらは研究用途が中心で、日常臨床での使用には時間的制約があります。
実践的評価アプローチ
日常臨床で実施可能な評価:
1. 基本的感覚テスト
- 軽触覚テスト(綿球、モノフィラメント)
- 関節位置感覚テスト
- 振動覚テスト(音叉使用)
2. 機能的評価
- ミラーポジションテスト
- 物体識別テスト
- 両点弁別テスト
3. 定量的評価機器の活用 可能であれば、ロボティクス技術や触覚閾値測定装置の導入を検討 (Dukelow et al., 2010; Ballardini et al., 2018)。
評価結果の活用
得られた評価結果は:
- 運動目標設定への反映
- フィードバック戦略の設計
- 転倒リスク評価
- 家族指導内容の決定
に活用しましょう。
6. 最新研究動向とエビデンスギャップ

現在の研究限界
正直にお伝えすると、感覚機能回復のメカニズムはいまだ不明瞭な部分が多く、感覚機能向上への直接的アプローチ効果を示す大規模RCTは限定的です (Semrau & Hoh, 2025)。
新技術の可能性
1. ロボティクス・VR技術
- 精密な感覚刺激の提供
- 視覚情報の制御による純粋な感覚訓練
2. 電気・振動刺激
- 神経可塑性の促進
- 感覚閾値の改善
3. 神経調節技術
- rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)
- VNS(迷走神経刺激)
これらの技術は有望ですが、長期効果や個別化の方法については更なる研究が必要です (Yeh et al., 2021; De Freitas Zanona et al., 2022)。
7. 若手PTのための実践活用ガイド

日常臨床での具体的アクション
📋 評価・記録の習慣化
- 初期評価時の感覚評価を必須項目に
- 経時的変化の記録
- チーム内での情報共有
👥 患者・家族説明のコツ
効果的な説明例:
「○○さんの場合、腕の位置を感じる力が少し弱くなっています。これにより、動作中に思っていた位置とずれが生じやすく、疲労や不安定感の原因となることがあります。そのため、視覚での確認を併用した練習から始めましょう」
🏥 チームアプローチの実践
- スタッフミーティングでの感覚所見共有
- 運動プログラム設計時への反映
- 他職種との連携強化
自費リハビリでの発信ポイント
SNS投稿やブログでの情報発信では:
1. 教育的コンテンツ
- 感覚障害の基礎知識
- 神経経路の解説
- 評価方法の紹介
2. 実践的アドバイス
- 日常で意識できる感覚チェック方法
- 家族ができるサポート方法
- 環境設定のコツ
3. 専門性のアピール
- エビデンスに基づいた説明
- 最新研究の紹介
- 症例に応じた個別化アプローチ
まとめ:感覚を軽視しない統合的アプローチを
脳卒中後の感覚障害は、単なる「付随的な問題」ではありません。患者さんの真の機能回復と生活の質向上のためには、感覚機能への深い理解と適切な評価・アプローチが不可欠です。
今日から始められること:
- 評価の習慣化: 基本的な感覚評価を日常業務に組み込む
- 知識の更新: 最新の研究動向を継続的にチェック
- チーム連携: 感覚所見の共有と統合的プログラム設計
- 患者教育: 感覚機能の重要性を分かりやすく説明
理学療法士として、運動機能だけでなく感覚機能にも着目した包括的なアプローチを提供することで、患者さんのより良い未来に貢献していきましょう。
感覚障害への理解を深めることは、私たち若手PTの専門性向上にもつながります。明日からの臨床で、ぜひ今回の内容を活用してみてください!
参考文献
- Semrau, J. A., & Hoh, J. E. (2025). The Role of Sensory Impairments on Recovery and Rehabilitation After Stroke. Current Neurology and Neuroscience Reports, 25:22.
- Scott, S. H. (2016). A functional taxonomy of Bottom-Up sensory feedback Processing for Motor actions. Trends in Neurosciences, 39:512–26.
- Carey, L. M. (2017). Review on somatosensory loss after stroke. Critical Reviews in Physical and Rehabilitation Medicine, 29:1–41.
- Tyson, S. F., Hanley, M., Chillala, J., Selley, A. B., & Tallis, R. C. (2008). Sensory loss in Hospital-Admitted people with stroke: characteristics, Associated Factors, and relationship with function. Neurorehabilitation and Neural Repair, 22:166–72.
- Zandvliet, S. B., Kwakkel, G., Nijland, R. H. M., van Wegen, E. E. H., & Meskers, C. G. M. (2020). Is Recovery of Somatosensory Impairment Conditional for Upper-Limb Motor Recovery Early After Stroke? Neurorehabilitation and Neural Repair, 34:403–16.
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