# 脳卒中後の肩痛はなぜ起こるのか — 原因の分類と対応の考え方
脳卒中後に麻痺側の肩が痛くなることは決して珍しくありません。報告によって異なりますが、脳卒中後に肩痛を経験する方の割合は30〜70%程度とされており(Adey-Wakeling et al., 2015)、生活の質や上肢リハビリへの参加に大きな影響を与えます。
「なぜ肩が痛くなるのか」「痛みがあるときにどうすればいいか」という問いは、当事者の方・ご家族・リハビリスタッフ双方にとって切実です。この記事では、脳卒中後の肩痛の原因を分類し、それぞれへの対応の考え方を整理します。
脳卒中後肩痛は「ひとつの疾患」ではない
まず前提として、脳卒中後の肩痛は「ひとつの疾患」や「ひとつの原因」によるものではありません。複数の異なるメカニズムが、似たような「肩の痛み」という形で現れます。そのため、「脳卒中後の肩痛だから○○する」という一律の対応は適切でなく、どの原因によるものかを評価して対応することが重要です。
主な原因として以下が知られています。
原因1:肩関節亜脱臼(glenohumeral subluxation)
メカニズム
肩関節は、骨の嵌合による安定性が少なく、主に腱板(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)の筋活動によって関節の求心性が保たれています。脳卒中後の上肢弛緩性麻痺(筋が完全に力を失った状態)では、この筋による支持が失われます。
その結果、重力によって上腕骨頭が関節窩から下方に離れ、亜脱臼(部分脱臼)が生じます。この状態で麻痺側の肩関節に不適切な牽引力が加わると、軟部組織・神経・滑液包への損傷が起きやすくなります。
評価
視診で肩峰と上腕骨頭の間隔を確認し、触診で亜脱臼の程度を評価します。指横で2横指以上の隙間がある場合は亜脱臼が疑われます。
対応
肩関節のアライメントを保持するためのポジショニング・装具(肩サポーター・スリング)の活用が急性期・回復期に重要です。ただし、スリングの使用は不動化による問題(拘縮・廃用)も引き起こすため、適切なリハビリと組み合わせることが必要です。
原因2:肩関節周囲炎・腱板損傷
メカニズム
弛緩性麻痺の状態での不適切なポジショニング、または不適切な他動的関節可動域訓練(過度の牽引・挙上)によって、肩関節周囲の軟部組織(腱板・滑液包・関節包)に炎症・損傷が生じます。
麻痺側の肩の関節可動域を「動かすほどよい」という誤解から、痛みが生じるほど無理に動かしてしまうケースがあります。これは損傷を悪化させるリスクがあります。
評価
他動的な肩関節可動域を評価し、痛みが生じる角度・方向を確認します。インピンジメントテスト(Neer・Hawkins-Kennedy等)によって腱板損傷・滑液包炎の存在を推定します。
対応
炎症の急性期には安静とアイシングが優先されます。原因が不適切な訓練である場合、まず訓練内容の見直しが必要です。肩関節への他動的介入は、痛みを引き起こさない範囲内で行うことが原則です。
原因3:複合性局所疼痛症候群(CRPS)
メカニズム
CRPS(Complex Regional Pain Syndrome)は、末梢組織の損傷に不釣り合いなほど強い疼痛・腫脹・皮膚の変色・発汗異常などを特徴とする神経病態です。脳卒中後に上肢に生じる場合、「肩手症候群」と呼ばれることもあります。
神経炎症・交感神経系の機能異常・中枢感作などが関与すると考えられていますが、正確なメカニズムはまだ完全には解明されていません。
評価
IASP(国際疼痛学会)のBudapest Criteria(2003年)が診断基準として使われます。疼痛・感覚変化・血管運動変化・発汗・浮腫・運動障害が組み合わさって存在するかを確認します。
対応
CRPSの治療は専門医との連携が必要です。鏡療法(ミラーセラピー)・段階的感覚脱感作・薬物療法(ビスホスホネート・カルシトニン・コルチコステロイドなど)・ガングリオンブロックなどが用いられます。早期の診断と対応が重要で、慢性化すると難治化する場合があります。
原因4:中枢性疼痛(脳卒中後疼痛)
メカニズム
脳卒中そのものによって感覚処理を担う神経回路(視床・皮質感覚野など)が損傷された結果、末梢の刺激がなくても痛みが生じる、または通常は痛みを起こさない刺激(軽い接触など)が強い痛みとして感じられる状態です。Dejerine-Roussy症候群(視床痛)がこの代表例です。
評価
末梢の局所的な問題(亜脱臼・炎症・CRPS)では説明できない、広範で持続的な灼熱感・アロディニア(正常では痛みを起こさない刺激で痛みが生じる)が特徴です。
対応
中枢性疼痛は、末梢へのアプローチでは改善しません。薬物療法(抗うつ薬・抗痙攣薬・オピオイドなど)が中心となりますが、効果には個人差があります。感覚入力を変調する神経調整療法(経頭蓋磁気刺激など)が研究されています。
原因5:痙縮による拘縮・変形
メカニズム
上肢に痙縮が強く生じると、肩関節は内転・内旋位に、肘は屈曲位に、手首・手指は屈曲位に固定されやすくなります。この状態が続くと軟部組織の短縮(拘縮)が生じ、可動域制限と痛みが起きます。
対応
痙縮のコントロール(ボツリヌス毒素療法・内服薬)と、拘縮予防のためのポジショニング・ストレッチングが必要です。既に拘縮が進行している場合は、可動域の回復に時間がかかり、外科的介入が検討されるケースもあります。
評価なしに「肩の痛みだから○○」は適切でない
脳卒中後肩痛の対応が難しい理由の一つは、上記のような複数の原因が混在していることです。同じ「肩が痛い」という訴えでも、亜脱臼と中枢性疼痛とCRPSでは対応がまったく異なります。
特に重要な鑑別は以下です。
- **末梢性疼痛(亜脱臼・炎症・CRPS)vs 中枢性疼痛**:中枢性疼痛は末梢への介入で改善しない
- **痛みに伴う筋防御 vs 拘縮**:前者は痛みのコントロールで可動域が変化するが、後者は構造的変化のため介入が異なる
- **炎症性の痛み vs 神経因性の痛み**:前者はNSAIDs・アイシングが有効な場合があるが、後者には無効
肩痛がリハビリに与える影響
肩痛があると、上肢を使う課題練習への参加が困難になります。痛みは課題への集中を妨げ、運動学習の効率を落とします。
「肩が痛いから上肢のリハビリができない」という状況では、痛みのコントロールそのものがリハビリの前提条件になります。肩痛の原因を特定し、適切に対処することが、上肢機能の回復に向けたリハビリを進めるための土台です。
予防の観点
肩関節亜脱臼・拘縮・軟部組織損傷は、急性期からの適切な対応によってある程度予防できます。
- **ポジショニング**:臥位・座位・立位のそれぞれで肩関節のアライメントを保持する
- **スリング・装具の適切な使用**:移動時の牽引を防ぐが、不動化を最小限にする
- **他動的関節可動域訓練の実施方法**:痛みを引き起こさない範囲内で丁寧に行う(肩関節の他動的挙上は、肩甲骨の動きが伴った状態で行うことが重要)
- **早期からの筋活動の促通**:腱板筋の活動を引き出す課題を早期から行うことで、支持機能の回復を促す
まとめ
脳卒中後の肩痛は、亜脱臼・腱板損傷・CRPS・中枢性疼痛・痙縮拘縮など、複数の異なる原因によって生じます。「肩が痛い」という訴えに対して、原因を評価せずに一律の対応を行うことは適切ではありません。
原因の分類に基づいた対応が、肩痛のコントロールと上肢リハビリへの参加を両立させるための出発点です。また、急性期からの予防的なポジショニングと適切なリハビリによって、多くの場合肩痛の発生を軽減できます。
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参考文献
Adey-Wakeling, Z., Arima, H., Crotty, M., Leyden, J., Kleinig, T., Anderson, C. S., & Newbury, J. (2015). Incidence and associations of hemiplegic shoulder pain poststroke: prospective population-based study. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 96(2), 241–247.
Lindgren, I., Jönsson, A. C., Norrving, B., & Lindgren, A. (2007). Shoulder pain after stroke: a prospective population-based study. Stroke, 38(2), 343–348.
Dromerick, A. W., Edwards, D. F., & Kumar, A. (2008). Hemiplegic shoulder pain syndrome: frequency and characteristics during inpatient stroke rehabilitation. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 89(8), 1589–1593.
